鳥山明氏の訃報。

3月9日ショッキングなニュースが届きました。
「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」で知られる漫画家
鳥山明先生が3月1日に急性硬膜下血腫により68歳の若さで亡くなられました。

最近まで精力的に活動していたため突然の訃報に驚きを禁じえません。
自分はドラゴンボールのアニメ後半やGTあたりが直撃世代ですが、
男の子と言えばドラゴンボール、女の子はセーラームーンの時代であり、
平成一桁世代にとっても絶大な影響力がありました。

鳥山明といえば日本だけでなく世界で最も著名な漫画家と言ってもいいでしょう。
「週刊少年ジャンプ」黄金期を築いた漫画家の一人であり、
ドラゴンボール連載中は常に人気アンケート1位を独占していたように
文句なしのジャンプの顔といえる存在でした。
ONE PIECEやNARUTOなど近年のジャンプの格闘漫画路線を定着させたのは
まさにドラゴンボールの絶大な支持が背景にあったでしょう。

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手塚治虫の後継者

鳥山明はデザイナー出身で、特定の漫画の影響におかれない異業種からの参入でした。
漫画を読むよりも模型を組んだり、機械を弄るのが好きな少年であり、
その描線はアメコミや大友以後らしい細かいタッチは感じつつも
かわいいデフォルメ、お洒落で洗練されたデザイン、精密なメカ描写
他に類を見ない鳥山明にしか出せない個性でした。
またコマ割りや構図の取り方が抜群で
スラスラと読めるテンポの良さがありました。

漫画の神様である手塚治虫が80年代にアトムのリメイクアニメを制作した頃、
裏番組で人気を博していたのが「Dr.スランプ アラレちゃん」でした。
手塚先生はアラレちゃんのアニメの出来に嫉妬したと言われています。
アラレちゃんはアトムと同じロボットであり、
孫悟空の髪型にはアトムの影響が垣間見れます。


鳥山先生がどこまで意識していたかは分かりませんが、
手塚キャラから強い影響を受けていたことは間違いないようです。
幼少期はウォルトディズニーのアニメを好んでいた点や
道なき道を突き進んだパイオニアとして手塚治虫の来歴とよく似ています。
手塚治虫は「僕の後継者」と鳥山明を絶賛しており、
手塚賞の筆頭審査員に指名し、60歳で胃がんで亡くなります。

手塚治虫は正確なデッサン力に裏付けされた精密タッチで描かれる
大友克洋の漫画の登場に衝撃を受け、デッサン力で到底かなわないとなると
晩年、「マンガ記号論」を提唱しましたが、
青年誌で活躍した大友克洋のリアル路線よりも
少年誌デフォルメを得意とした鳥山明の方が後継者に相応しいと考えたのかもしれません。
漫画史的に見ると大友克洋が劇画にとどめを刺して、
鳥山明によって漫画の復権が行われた
と言っても過言ではないのです。

虫から鳥へ

一方で手塚治虫がアニメを手掛けつつも生涯現役の漫画家だったのに対して、
鳥山明はドラゴンボール連載終了後は寡作になってゆき、
日本のRPGブームをけん引したドラゴンクエストシリーズを代表とする
ゲームのキャラクターデザイナーとしての活動が中心になります。

そもそも漫画家になりたかった手塚治虫
漫画家になろうと思わなかった鳥山明とでは漫画に対しての熱量が大きく違います。
作品はヒットを続けるもドラゴンボール連載中に
何度も連載終了を申し出るぐらいに長期連載で疲労が溜まっていました。

ドラゴンボール連載中にジャンプの最高発行部数653万部を記録し、
1996年に連載が終了すると発行部数も減少に転じました。
その後、鳥山明は長期連載を止め、読み切りや短期集中連載に切り替えました。
この切り替えは奇しくも娯楽の中心が
漫画からゲームへと移り変わったタイミングとリンクしています。
家庭用ゲーム機の登場によって、
漫画やアニメという見る娯楽から
実際にキャラクターを操作し体感する娯楽に変わっていくのです。
手塚治虫の絵で始まったアニメと同じように
日本を代表するRPGが鳥山明の絵で始まりました。
開発の遅れが指摘されるドラクエ最新作ドラクエⅫ開発中に
音楽のすぎやまこういち(2021年没)に続き、キャラデザの鳥山明が亡くなり、
一つの時代が終わってゆく寂しさを感じます。

漫画業界の成熟度、時代背景が違うため、
パイオニアではあるが、多作でありつつ実はヒットが少ない手塚治虫
「Dr.スランプ」と「ドラゴンボール」の
たった二作品でトップを取った鳥山明の単純比較は難しいですが、
サブカルチャーに与えた影響力と言う意味では手塚治虫に通じるものがあったと思います。
しかし、若くしてお亡くなりになるという
その死期まで合わせる必要は無かったのにと思います。

ドラゴンボールの連載が1984年に始まって
今年は40周年という事で新作アニメ
「ドラゴンボールDAIMA(ダイマ)」の放送が予定されており、
まだまだやる気に満ちていたと思います。
本当にお疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。

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